白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。生態日記。

なんとなく

読み返すと、むかしとは読みかたの変わる本がある。

当然だろう。

なにかを経験するたびに、自分の感情や周りの状況の記憶が蓄積されていく。自分が変わるのだから、味わいも変わってくる。

 

むかしは楽しめたものが、楽しめなくなる。

いまいち没頭できなかった物語が、心に訴えてくる。

その人にとって、読むべきときというものがある。

 

逆に考えて、あるタイプの本が心を動かすときには、そういうものを求める心的状態であるということがいえる。

 

リスト「愛の夢」を聴きながら、本だけにかぎらないじゃない、と思った。外界の情報のうち、心に適したものを無意識に選んでいる。

違う趣向だけれど、メンデルスゾーン「イタリア」も心地よい。

海がきこえる

海がきこえる

 

氷室冴子さんの原作小説を、ジブリが映画化した。はじめて観る。

 

【感想】

ジブリもこういうの撮るのか。ストーリー重視で、なんらかの目に見える困難が立ちふさがるものばかりだと思っていた。

海がきこえる』はストーリー性を目指さず、ひたすら感情を描写することに特化していた。感情を描くときには、淡々とシーンを追っていけばいい。おおきく盛り上がる箇所はないかわりに、「自分にもこういうときあったなぁ」という感覚をもたらす。しみじみとする映画だ。

音楽がいい。

 

描かれる感情は、思春期特有の「好きなんだけれど、好きではないと思い込む」「気になるんだけど、気にならないふりをしている」というもの。大人になると、「なんであのとき、あんな小さなことでいっぱいだったんだろう」って思いませんか。ぼくは思います。

その感情を、大人になって振り返るところまで描かれているのがミソ。

「ああ、好きだったんだなあ。彼女ともっと話したかったんだ」

終盤で、静かに、しかし鮮烈に描かれる描写はとてもよいものだった。『君の名は。』はラストをオマージュしてる。

 

そういう感情を感じたことがないなぁという人には、退屈なだけなのでお薦めしません。

おかざき真里・羽海野チカもろもろ

おかざき真里冬虫夏草』(ラポート、1994年)。

――『シャッターラブ』(集英社、1998年)。

――『彼女が死んじゃった』(集英社、2000年)。原作は一色信幸。

――『渋谷区山町』(集英社、2004年)

羽海野チカハチミツとクローバー』(白泉社、2002年)

 

ここらへんを一気に読んだ。

マンガミュージアムの所蔵本(開架)は、貸本屋の在庫をそのまま移してきたようで、いろいろ欠けているし2005年までのものが主だ。最近の本は買い足されてもいるが、不十分だ。たとえば、おかざき真里さんで検索しても『サプリ』や『&』は見当たらないし、『渋谷区山町』は無印しかない。

 

少しずつ感想を。

冬虫夏草』:短編集。巻末に、作者による簡単な作品紹介がある。表題作は「こういうのが描きたいんだとはっきりわかった作品です」と書かれていた。どことない生きづらさを、男と女のかかわりから描いた作品だった。絵はいまとは全然違う。

『シャッターラブ』:一巻完結。シャッター音が好きな女子高生が写真で受賞するところから始まる。言い寄ってくる男の彼女と最初のテレビ対決のとき、こころの位置が定まらない主人公に対して男が「シャッターの音でリズムを作るんだ」と声をかけた場面の疾走感はすごかった。「女の恋は先に行く」ラストも心地よい。いまの絵に似てきた。

『彼女が死んじゃった』:原作は一色さん。セックス描写がエロい。最初の設定はうまい。2巻でぶつ切れ。

『渋谷区山町』:短編集。あまり記憶に残っていない。なんでだろ。絵がだんだん近くなってきた。

ハチミツとクローバー』:アニメも最後まで見ていない。『3月のライオン』は全部読んでいるけれど、こっちはまだ読んでいない。しかも今日は3巻までしか読めていない。芸大でこういう生活がしたかった。外見がひなちゃんに似ていて、好きな人がいる好きな人を一途に想いつづける山田さんかわいいせつない抱きしめたい。ヒールの先っぽでかかと落としされたい。

京都国際マンガミュージアム

京都国際マンガミュージアムhttps://www.kyotomm.jp/に行った。

 

【評価】

観光目的で行く場所ではない。

安い漫画喫茶を求めて行くところ。そのついでとして、いろいろな展示が楽しめる。

 

【探訪記】

烏丸御池からほど近くに、京都国際マンガミュージアムがある。

駐輪場がしっかりしている。外のグラウンドには、寝そべって漫画を読んでいるひとたちがいる。青空のもとで漫画を読むのは、とても気持ちいい。いいなぁと思った。

 

京大は「京都市キャンパス文化パートナーズ制度」に参加しているので、団体料金で入ることができる。大人800円のところ団体640円なので、それほどでもない。わりと高めの値段設定だと思った。

後から後から外国のひとたちが訪れて、多言語が飛び交う空間。

入ってすぐには、英語の漫画が集められている。これを目当てに来ているのだろうか、と思いつつ先を進むと、漫画体験やデジタル漫画作成PCのコーナーなんかがある。壁には池田理代子さんの特集コーナーがある。

2階には、建物の歴史がまとめられていた。元は小学校だったらしい。床の板がきしむのは、古い学校を使っているからだった。壁には漫画、漫画、漫画。ちょっとした漫画喫茶や古漫画屋である。すべて手にとって読むことができるし、椅子が有り余るほど備わっている。

一室には、このミュージアムを訪れた漫画家の手が集められていた。石膏でかたどった手は、爪の形まで再現されている。手首から先が飾られている……これが100個を超える。でも横にはサイン入り色紙が飾られているので、不気味ではない。ちばてつやさんやモンキーパンチさんなんかのサイン入り色紙があった。

大きな部屋には1985年から2005年まで、各年の代表作が飾られている。なつかしいものもあれば、見たこともないものがある。知り合いと一緒に回りたい。電子端末が置かれていて、戦前の漫画も読める。

有名作家の解説があるコーナーは楽しかった。模写で有名な田中圭一さんが、「作家の特徴はどこにあるのか」について、模写しながら解説してくれている。面白い。ただ英語の解説がついていない……こういうところを外国の方は見たいんじゃないかな。

 

ひととおり回ったあと、ずっと漫画を読んでいた。漫画を読んでいても、まったく違和感がない。歩いているひとよりも、座って漫画を読んでいるひとのほうが多いくらい。ときおり床がきしむことを除けば、古本独特のにおいとあいまって、とてもいい環境だ。

研究目的だと、書庫の25万冊も閲覧できるらしい。

 

漫画喫茶だとわりきれば、展示もあるので、お得感がある。

それでもここは京都という街なので、来る意味は薄れる。ほかの場所で代替可能だ。観光客の方が800円も出して行くのはお薦めできないな(とくに外国人の方がたくさん来ているのには、申しわけない気持ちでいっぱいだった)。

京都大学

京都に来て10日くらいたった。

 

京都大学の環境はとてもいい。

大学図書館の蔵書数は日本で第2位である。ジャーナルも十分契約している。視聴覚設備もいいものがそろっている。

平日に限られているものの、24時間使うことのできる自習室が整えられている。

生協や図書館など、主要な大学機能が日曜・祝祭日も生きている。

配布されるコピーカードで、年間200枚までは印刷できる。

オフィス365を破格の値段で使うことができる。大学構内でJRの切符を割引きで買うことができる。

院生なのでロッカーやキャレルがあるし、自習室内には専門書・資格本が揃っているし、専用のプリンターもあれば談話室もある。

 

周りの環境を見ても、すばらしい。

自転車さえあれば、鴨川の桜・三条の繁華街・何件もの古本屋・世界遺産の寺社・コンサートホール・複数の博物館・映画館・業務スーパーに、すべて15分以内でアクセスできる。大学生の街である。

飽きることがない。

 

これだけそろっていても、国立大学なので年間50万円強で一年を過ごせる。

私立大学出身のぼくからすると、1/2の値段で2倍の効用を得ている感じがする。破格の値段だ。

 

もっといいのが、所属する科の専用図書館である。開架は大変少ないものの、閉架書庫に入ったら別世界だった。地下2階から地上7階までの本にアクセスできる。本があるのに、圧迫感があまりない。

科をまたぐ院なので、法学部と経済学部の本は、それぞれ50/3か月借りられる。ありがたい。必要な本をためておくことができる。重要な本ほど双方の図書館にあるので、実質的には100冊が上限となる。これだけあると、上限を気にしなくて済む。

その代償として、附属図書館の使い勝手は悪い。開架は5/2週間。閉架10/1か月である。学部生と同じ水準だ。さっそくひっかかってしまった。この点は、母校のほうが使いやすい。

 

まだまだたくさん、気づいていない仕組みがある。

はやく使いこなしたい。

 

――メディア室でショパン「革命」を聴きながら。

想像力

母校の飲酒関連事案が絶えない。

 

こういうことが隠蔽されずに、表に出ていることは評価できる。

けれど中身は悲しすぎる。

 

「一人の死は悲劇だが、数百万人の死は統計上の数字に過ぎない」

スターリンが言ったとの証拠はないらしい。いちど聞いたら忘れないほど、言い得て妙の言葉である。

ティモシー・スナイダー先生は、「数百万人の死を塊として捉えるのではなく、一人一人の死として受けとめることこそが、我々のすべきことです」とおっしゃっていた。1月に行われた講演の話だ。事実、講演は死んだ人のストーリーから始まった。

 

ほんの少し前まで、たった一人の死でさえも、ぼくにとっては関係のない「事実」に過ぎなかった。悲劇以前の問題として、感情が入らない。

祖父が死んでも何も感じなかった。おじが死んでも何も感じなかった。ふだんからの付き合いがなかった。

想像力がないのかもしれない。紛争地域で人が死んでも、何も思わない。

 

しかしぼくは、身近な友人を送る立場を経験してしまった。

もはや他人事ではない。そのときの心の動きが手にとるようにわかる。同じようなことがあると、想像できるようになってしまった。

 

それでも、すこしでも違うような事例になると、やはり想像力は働かないだろう。

こんなふうにして、すこしずつ想像の及ぶ範囲を広げていくことが経験なのだろうなと思った。

おかざき真里『&』

おかざき真里『&』(祥伝社2010年‐)

 

おかざき真里さんは、好きな女性漫画家のひとりだ。

昨年、あるひとのお薦めで『サプリ』を読んだ。それ以降、機会あるたびに買うようにしている。

 

こころを浮き彫りにするのが、とてもうまい作家さんである。

 

『&』を2巻まで買った。つるりとした凹凸のあるワイド版。懐かしい手触り。『サプリ』と同じだ。

やはり、こころの描写がすばらしい。

 

『サプリ』よりも、冒頭から引きこまれる物語だ。

なぜか。物語の推進力がはっきりしているからだ。

 

26歳処女が主人公。45歳のオジサンに恋をしてしまう。

それでいて主人公を好きな後輩男子と、ひとつ屋根の下にいる。

 

この構図だけで、どうなるのか先を読みたくなる。おかざきさんだから、読者のこころを締めつけてくることは確実である。

 

もうひとつ。それぞれのキャラクターの「闇」が、ずっしりと響いてくるから。

 

主人公はなぜ人に触れられるのが嫌いなのか。

45歳のオジサンは、なぜああも真に迫って脅すことができるのか。

後輩男子は、主人公と過去になにがあったのか(なぜ主人公は意識していないのか)。

 

過去が明かされていく描写に引き込まれる。

 

 

この2点は『サプリ』にはなかった。この要素を前面に押し出しながら、物語の推進力として使っているところに構成上の違いを感じる。

こころのひだを描いていく作風からすれば、かならずしも必要ではない。『サプリ』も楽しめた。

それでも、推進力があるほうが先を読みたくなるなぁと、いまは思う。10年後くらいになると、こういう設定は鼻につくのかもしれないけれど。