白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

北方謙三『水滸伝』

先輩からのおすすめ本。

 

北方さんの『試みの地平線』を読んでから、「北方兄さん」と呼ぶことにしている。『試みの地平線』は、人生相談を集めたものである。悩める男どもの横っ面を、北方兄さんが本音で張っていくさまには、はっとさせられる。

10代~20代前半が雑誌に投稿する悩みというのは、結局はよくあるものだけれど、それぞれはそれぞれの文脈で悩んでいる。その文脈に応じて北方兄さんがぶつかっていくのは、読み物としておもしろい。人生相談好きには進めたい一冊だ。

回答にはさまざまあれど、共通する根っこはおんなじである。「こんなところで打ち明けてないで、自分で抱えて悶絶してろよ。腹くくって引き受けろ。自分の人生なんだろ。そんなんで「生きている」って胸張れんのかよ。かっこ悪いぞ。かっこよく生きろ。男だろ」

悩んでる男には最高の薬だ。こういう叱咤激励は、なかなかしてもらえない。男どもはぶん殴ってもらうために、打ち明けている、と思う。ほんとうにありがたい。

 

「現実の世界では、なかなかいい男には会えないよ、いい男というのは小説の中にしかいないんだよ」http://www.shueisha.co.jp/dai-suiko/taidan-arakuremonotati/index3.html

 

さて、男たちの乱舞する物語が目の前にある。北方謙三水滸伝』だ。

集英社文庫から『水滸伝』19冊、『楊令伝』15冊、『岳飛伝』がでている。『岳飛伝』は2016年2月現在、毎月刊行中である。最終巻の17巻は2018年に出る予定。

なにげなく集英社HPを見てみると、いのうえさきこさんが「圧縮水滸伝」を描いていたhttp://www.shueisha.co.jp/dai-suiko/inouesakiko/。まるくデフォルメされた人物たちが、かわいい。

物語の大きな枠組みは、宋という国に対する反乱である。第一巻で、国というシステムに対して闘争すると目標を掲げる。腐敗した国家というのは、各部分を修正するくらいでは正すことはできない。全体を一気に変えるほかない。その実現のためには、多くの人材・期間・資金が必要である。だからこそ、長い物語になるぞと。

中心人物が二人いる。宋江晁蓋である。体制としての反乱側(梁山泊)を見るときには、この二人で説明できるだろう。蜘蛛の巣でたとえるとわかりやすい。宋江は全国に蜘蛛の糸を張っていくタイプである。透明で、全体がつながっている。晁蓋はその中心にいて、梁山泊という蜘蛛を大きくしている。なにかあったら戦闘に参加する。

基本的な作戦は、内線作戦である。物量に優れた宋に対して、梁山泊は精鋭で固まって応戦する。留意しておく必要があるのは、宋というものを倒すには、梁山泊側は必ずしも戦う必要はないということ。宋江は「兵力10万」説を唱え、本格的な戦闘は先延ばしをする立場だった。対して晁蓋は「兵力3万」説で、早くから戦闘する立場だった。

大戦略としては、戦わずに宋を倒すのが楽ではある。しかし相手からすれば、軍を使って早期に掃討すべき対象であった。ここに軍隊同士の戦いがおきる必然性が生まれ、人が生き、死んでいくさまがいきいきと描かれる。

 

水滸伝』は、男たちがかっこよく生き、かっこよく死んでいく、と説明される。少し違うように思う。

描写は淡々としている。人物たちが淡々と描かれるから、大きな余白が生まれる。そこを読者が、かっこよく脳内補正するのだと思う。

生きざまを描くときに必要なのが、変化である。北方水滸では、登場人物それぞれが変化している。その移り変わりを、ごく自然に描けているのが、すごいと思う。王母・王進のところに行けば、人間的に成長する。魯智真と会えば、社会とのかかわりを意識するようになる。それぞれのキャラクターに、人生がある。

個人の変化に加えて、集団も変化する。

つぎつぎと人が死んでいくのもリアリティがある。有力な将校として寝返らせようとしてきた楊志は、寝返って早いうちに死んでしまう。水師から軍師へと変わる予定だった阮小五は、軍師としての成長の途上に死んでしまう。「なんだか死にそうだけど、重要人物だから間一髪で切り抜けるだろう」という予想が外れていくのだ。

集団としての変化を描くのだから、人が死ぬだけではなくて、赤ん坊が生まれもする。楊志のこころは、楊令へと受け継がれる。『楊令伝』では、『水滸伝』重要人物の息子たちも出てくるらしい。

なんたって戦う相手が国家である。反乱する方が、反乱軍としての体裁を整えるまえに、潰そうとするのが当たり前である。普通に考えて、成功するとは思えない。

その点で、国家を裏から支える青蓮寺の視点を入れたのは大きい。それも青蓮寺が強いのだ。相手を強く描いているので、それに対する梁山泊も同等以上の存在として認識する。梁山泊の脅威度が増すにしたがって、青蓮寺が影の組織としての位置を脱しはじめ、政治軍事に口を出していくさまはリアルである。

もちろん一線がある。地方軍で梁山泊を抑えきれなくなったとき、精鋭中の精鋭である禁軍が出動する。しかし梁山泊は、地方軍以上ではあるものの、正規戦では禁軍には勝てない。非正規戦(重要都市の一時占拠)で、政治的なインパクトを狙う。反乱側には、正規戦を戦う準備として、まだまだ時間が必要だった。しかし、そううまく時間は稼げず、ガチンコ勝負を余儀なくされる。

梁山泊、落つ。

しかしそれだけでは終わらない。全国に広げられた巣は、柔軟である。『楊令伝』につながっていく。