自己満足
目の前に車椅子に乗っている人がいる。付き添いの人はいない。
その人は坂道を前に、すこし停まっている。ぼくは、手伝わないほうがいいのか、手伝ったほうがいいのか。いつも迷う。
ひとりで車椅子を使う人は、基本的に介助がいらないからこそ、ひとりで生活している。坂道を上るというのは普通の生活の範囲内であって、大変かもしれないが対応してきたのだろう。事実、腕はそれなりに太い。車椅子に乗りなれている証だ。下手に助けようとすることは、ひとりで生活できる個人を、そういう存在として認めないことを表してしまう。こう考えて、何もしない選択肢をとる。周りの人も横をすり抜けていく。
一方で、何かしないといけないとも思う。車椅子で坂道を上るには筋肉を使う。停まっていた理由は、その坂が車椅子で上るには急なので、息を整えて「えいやっ!」と上ろうと思ったからかもしれない。普通の生活はできるのだろうが、こういう場面では車椅子を押すのが正しいかもしれない。
結局「大丈夫ですか。押しましょうか」と声をかけ、車椅子を押した。
車椅子は、その人の体重と坂の角度とで、とても重かった。最初はぜんぜん動かず、腰をいれてはじめて車椅子は動きだした。坂を上ると、重みがふっと消えた。「ありがとうございます」と言われた。
一日中気分がよかった。
所詮、自己満足だ。
この自己満足は、そんなに嫌いではない。