白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

『蔵』水出しコーヒー

高校生まで、コーヒーが飲めなかった。

子どものころから、親がコーヒーを淹れたときに部屋中に広がるコーヒー独特の匂いが嫌いだった。中学生のとき、「おいしいよ」と言ってくるので、漂ってくる匂いに鼻をつまらせながら一口飲んだ。経験したことのない苦さが口を覆う。ほら、やっぱり、まずいじゃないか。こんなまずいものをなんでおいしそうに飲むのか。舌が狂ってるんじゃないか。「うっへ、まずい」顔をしかめるぼくを見て、親は「大人になればわかるよ」と笑う。大人になれば、という言葉にあらわれる「まだまだ子どもだなぁ」という感情も嫌だった。

コーヒー牛乳なら飲めるだろうと、コンビニで買ってみる。あまりにもまずい。カフェオレは? これもまずい。コーヒーゼリーは、親戚の小学生の好物だし、食べられないわけがないよな……ダメだ食えん。

 

大学に入って、みんなでカフェに行く。ホットコーヒーやアイスコーヒーを頼む友人を見ながら、やっぱりコーヒー飲まなあかんよなと思って、アイスコーヒーを嫌々頼む。氷で薄まるし、シロップあるし、飲めないことはないだろうとの判断だ。

席について、飲んでみて驚く。まずくない。氷で冷やされていて、苦みをあまり感じないし匂いも気にならない。なんでだろうと思う。わからない。シロップを入れてかき混ぜる。あれ、普通に飲める。いままで苦手だったのはなぜなんだ。

それでも、おいしいとは思えなかった。友だちは毎朝飲むと言っていたけれど、自分もそうしようとは思わなかった。

 

美味しんぼ』で水出しコーヒーの回があったなと思いだして、池袋の『蔵』に行ってみた。本物を飲めば、おいしいと思えるかもしれない。どこかしら、大人の男はコーヒーを嗜む、みたいな憧れがあった。

水出しのアイスコーヒーを飲む。なんだこれは、と驚いた。重厚な苦みがズドンと舌に襲いかかる。ぜんぜん嫌な香りはしない。重厚だけれど、くどくない。いままで飲んできたアイスコーヒーと比べて、圧がぜんぜん違う。圧倒的に線が太いのだ。くっきりとした苦みが口のなかにある。これはうまい。大きな氷がグラスに当たってカラカラと乾いた音を立てる。

シロップを入れると苦みのうしろに甘みが加わる。ほんのりとした甘さが、苦みと引きたて合う。しかし相殺しない。

ミルクも入れてみると、コーヒーミルクができた。これがもう、めちゃくちゃうまい。もちろん、この店のミルクはプチっとやるやつではない。小さな容器に入ったミルクを、好きなだけ注ぎ込む。黒いコーヒーに白いミルクを入れてストローで混ぜる。この色をなんというのかわからないが、灰色ではないことは確かだ。コーヒーとシロップとミルクと混ぜるだけで、こんなにおいしいコーヒーミルクになるのかと感動した。すぐになくなってしまった。

『蔵』の水出しコーヒーはおすすめ。暗めの照明で、シックな内装。19世紀のイギリスみたいな調度品とともに、いい雰囲気の店だ。

 

いちどおいしさがわかると、好きな人たちは何を求めていたのかがわかる。この苦みであり、酸味であり、香りなのだ。それらをひっくるめた体験だった。

なるほど、こうやって楽しむわけね。

楽しみかたがわかると世界が広がる。感動するようなレベルのものにはなかなか出会えないけれど、それなりにうまいものをうまいとわかるようになる。ほかの趣味でも、楽しみかたを教えてほしいんだよなぁ、と思う。方法を身に付けることが人生を豊かにする。