白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

吉田秋生『吉祥天女』

吉田秋生吉祥天女』全2巻(小学館文庫、1995年)。

 

「時に  なんて敏感に  気配を感じ取る  人間がいることか」

 

むかし、友人の家で映画を見た。ホラー好きの人だった。何を見ようかとツタヤで相談する。「おすすめのホラーで」と言ったら、その人は「これは基本だから一緒に見よう」とひとつのDVDを抜き出した。「短編集だから、いろんな怖さを味わえるよ」。題名は覚えていない。

真夜中に再生ボタンを押した。どの短編も、それなりの怖さがある。贅沢なことに、それぞれの話が終わってエンドロールが流れるあいだ、友人による作品解説がなされる。

ある印象的な作品があった。普通の人間が、おかしな人間と接さざるを得なくなって、いつのまにか狂ってしまう、という話だった。率直な感想をいえば、「どこがホラーなんだろう」と思った。人間が発狂しただけじゃないか。夜中で眠かったし、露骨な不満を醸しだしていたかもしれない。否定的な雰囲気を感じ取ったのだろう。エンドロールが流れると、友人が解説を始めた。

「人間がほんとうに怖さを感じるのって、なんだと思う? 血のりがついたゾンビ? 首の長い女? それとも、夜中の学校トイレから聞こえてくる声?

人間が怖さを感じるのは、理解できない他者の心なんだよ。異質な他者の普通じゃない言動にこそ、恐怖を感じる。その恐怖が積もりに積もると、狂ってしまう。狂ってしまうほど、怖いんだ」

納得できるようで、納得できない話だった。「ほーん。なるほどね」。適当に返事をして、つぎの作品を見た。

 

さて、吉田秋生吉祥天女』は、そのものズバリの物語である。

語り手は男子高校生。その高校に、ある女子学生が転校してくる。冷たい美貌をもつ女子学生にちょっかいをだす男どもは、残忍な方法によって撃退される。そのうち死人が出始める。しかし、女子学生がやったという決定的な証拠はない。なぜなら彼女は直接手を下さず、心を的確に攻撃していくからである。心を追いやって、自殺や他殺に追い込んでいく。そしてそれらの行為に何の罪悪感もない。

こんなことをしていても、普通の人間は女子学生の本性に気づかない。「被害者だよね。周りで死んでいくの不思議だね」。語り手は、違和感に気づくも殺される。

ある美大生に「モデルになってほしいんだ」と言われて、最後、女子学生は完成された絵を受け取る。そこに描かれていたのは、美しい女性の姿ではなく、恐ろしい吉祥天女だった。美大生は、人間の中身を描きだしたのである。

 

怖い。怖い。怖い。ゾワっと総毛だって、毛穴から恐怖がしみわたってくる。いちどしみついたら、もう落ちない。

異質な他者の怖さに、直接触れられる。繰り返して言うが、彼女が殺人をするから怖いのではない。彼女の言動と心が、普通の人間とはまったく違うから怖いのだ。そんな人間が身近にいながら、大多数の人間は、その中身に気づけないから怖いのだ。