白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

石塚真一『Blue Giant(ブルー・ジャイアント)』

石塚真一Blue Giant(ブルージャイアント)』全10巻(小学館

 

この漫画をひとことであらわせと言われたら、何と言うか決めてある。

安全圏にいることをゆるさない漫画だ。

ぼくらは物語を読者として読む。物語世界と現実世界は断絶したものだ、という前提のもとで物語を味わう。どんなに感情移入しても、ある種フィクションだから、現実ではないから。という安心がある。

主人公がどんなにかっこよくても、どんなに強くても、どんなにいい人間でも、「現実とは違う世界の人間なのだから」と一歩踏み出さなくてすむ。だって彼は想像の世界に生きているんだから。現実の厳しさを知らないんだよ。ぼくは生身の人間なんだから、彼みたいになれなくてもしょうがない。

ぼくらは安全地帯から物語を楽しんで、ひとりでこっそり言い訳ができる。

しかし、この漫画は安全圏から無理やりに引きずりだしてくる。

主人公はまっすぐすぎるほどにジャズの道を登っていく。ジャズで食べていくのは厳しい。周りにもプロで食べていくのをあきらめた人間がたくさんいる。でも彼は、自分で決めたから、好きだから、いつかなる、と毎日毎日努力を欠かさない。

どうにも現実としか思えないのだ。ぼくが生きているそばで、こんなにも命を燃やして生きている若者がいるんじゃないかと錯覚する。同時に、これが現実であることも知っている。芸術系でプロになるような人間は、こういう人間でなくてはいけない。実際にいるのだ。

「おまえは何で本気でやらないんだ? 本気になって、自分を世界にぶつけてみろよ。俺らの演奏を見てるだけじゃなくて、一緒に舞台にあがろうぜ。強烈に生きろよ。こんなもんじゃねえだろ」

身体の芯まで震わせてくるジャズから、強烈に伝わってくるのだ。

――お前は、どう生きるんだ? 

いっちょ無様に生きてみようじゃないですか。

 

閑話休題

音楽を扱った漫画につける定番の文句として、「音が見える」や「音が聴こえる」というものがある。でも、この漫画を読むと、違う感想になるはずだ。

なまやさしい音じゃなくて、楽器が震わす振動そのものが伝わってくる。ビリビリ震える空気が、鼓膜だけじゃなくて肌全体を震わせてくる。そこにあるのはペラペラの紙であるにもかかわらず。

安全圏にいるのをゆるさないという意味はここにもある。演奏する場所から遠く離れて音だけを聴くのではなく、演奏する場所に分け入って、直接振動に身を任せる。自分のなかから湧きあがってくる衝動に身を任せる。演奏に引きずりこまれる。

そしてぼくらは気づく。

楽器が震えるから音が鳴るのではない。演奏者の感情が、楽器を通して振動に変換されるから、ぼくらに届いているのだ。感情が直接身体に叩きこまれるのだ。

「感情がぶつかってくる」

 

【構成・あらすじ】

主人公の宮本大は、たまたま聴いたジャズの演奏で心を打ち抜かれる。その瞬間、テナー・サックス奏者として、世界一のジャズ・プレーヤーになることを志す。その成長を追った物語である。

 

物語と現実を近づける構成上の工夫は、たくさんある。

①お金を前面に出してくる。音楽を志す以上、現実は異常なほどに厳しい。まず食っていけない。バイトに精を出したり、一回の演奏でもらえるお金だったり、シビアな現実を描く。

②主人公の周りの人間をちゃんと描く。音楽一本の人間だけではなくて、親や兄弟がどう思っているのか。同級生はどう思っているのか。周りにいる普通の人間をしっかり描くことで、現実感をもたらしている。

③プロで食べていくことをあきらめた人間たちがたくさん出てくる。音楽教室の先生は、どんな想いで教えているのか。バーや楽器店の人間は、音楽に何を思っているのか。プロをあきらめた人が、それでも生きていることを描いている。現実だ。

 こういった工夫をしたうえで、ただまっすぐ前を向いて走りつづける主人公を描いていく。そういう人間と一緒に高みを目指したい、まだ見ぬ世界に連れていってほしい。読んだ人は、みな心を打たれるだろう。

 

【名言集】:ことばが迫ってくる。すばらしいんだ。

ジャズは感情の音楽なんだ。

すげえプレーヤーの音やメロディには 感情がもろに乗っかってる。

うれしくても悲しくても、どんな気持ちも音に込められるんだ

 

ものスゴくメチャクチャな演奏

でも一発でホレました

 

ヘタの何が悪い

ヘタから始まるのが音楽なんじゃないですか?

みんなヘタクソから始まるんだ。

音が出ないとこから始まって、一つずつ音が出せるようになって……

けど、ヘタだから……ヘタクソだから練習して……

そしていつの日か、誰かの気持ちに届く音を出す

この人達の音楽に救われる日は来ないと、どうして言えるんすか

ヘタクソでナニが悪いんですか

 

――お前、世界一になりてえんだ

はい

――ふーん。で、どんな感じなのよ? 世界一のジャズ・プレーヤーってのは。

音で……音で言えるんです

気持ち……。感情の全部を音で言えるんです

音にしたい気持ちとか感情とか……どんどん。

出したい音なら、いくらでも湧いてくるんですよ

 

師匠のサックス、超――スゲエす!!

――うん、上手いだろ

はい!! 上手すぎす

――全然ダメだ

は?

――これじゃダメなんだよ。

「上手い」のはゴマンといんだわ。

お前の方が上なんだよ。

オレのプレーでバードのオッサンは泣かねぇ。や、泣けねぇ

俺の音は、良くても感動、お前はその上……

お前の音は人を「圧倒」できんだよ

 

今日、お前に拍手を送った人間のほとんどは……生のジャズを聴くのは、初めてなんじゃないか?

だから拍手したんじゃないか? 「初めてのモノ」に拍手をしたんじゃ?

もしも今日の客がお金を払ってお前を聴いた時、はたして何人が拍手をするんだ?

時には調子に乗ってもいい。

だが、酔うなよ、大。

酔ってて勝てるような世界じゃないんだよ

 

 

息子さんからは月謝取りませんが

面白いモノは、金を払って観ますよね

息子さんは面白い。だから月謝は取りません

 

お前のおかげで、オレはすこしだけまたジャズが好きになった

お前はずっとずっとずっと、ジャズを好きでいろよ

 

仙台出る時は、飯なんか食えなくても、サックス吹きまくってやるって思ってたけど

甘くねぇべ。

金がないって……甘くねぇべ

 

吹くことが大事にすることだと思ってたけど……

大事なものは、大事にしないとダメなんだな

 

俺は他の人がどうとか思うより……必死です。

俺しか出せない音を出すことに、必死です。

 

「やりたい」ってだけで、十分じゃねぇの

「楽しそう」ってだけが、入り口なんじゃねぇの

「音楽をやりたい」って気持ちに、お前、「ノー」って言うの?

 

オレは……ウマくてもヘタでも……感動できればいい

 

そもそもオレがジャズを本気で始めたのは、

本物のジャズ・プレーヤー、ジャズの巨人たちが削興中に体現する

技術や経験を超える……何かに導かれるような「超自然的な演奏」のためだ。

クラシックやロックではありえねえ、

即興重視のジャズだけに許された瞬間……

聴いている側をも、どこか別の場所に連れていく感覚……

俺はまだ、体験できてねぇ

 

大は玉田にあんな顔させていいの?

俺たちのために頑張ってあんな顔させていいの?

頑張るってのは本人のため、自分のために頑張るモンじゃねぇの

 

マスター、ギターある?

ちょっと負けに行ってくるわ

 

ボクは君のドラムを、成長する君のドラムを聴きに来ているんだ

君のドラムは、どんどん良くなっている

 

たとえ百円でもギャラがもらえるなんて……

とてつもなく、練習しがいがありますね

 

思い切り思い切って、毎日毎日出しきらないと

オレの持ってる全部を、毎日出しきらないと。

だって、幸せじゃないスか。

今までたくさんのプレーヤーがいたけど、きっと……ゴールについた人間は誰もいないんすよ。

ゴールがない世界でずっとやり続けられるなんて、最高に幸せじゃないですか。

それ以外のことは、考えないっす。

意味ないので。

 

なぜ本当のソロをやれてない?

君は、おくびょうか?

全力で自分をさらけ出す。それがソロだろ。

内臓をひっくり返すくらい自分をさらけ出すのがソロだろ。

君はソロができないのか?

 

楽器と自分のあいだの問題とか、カベみたいなモンは何回も来るじゃないすか。

カベを破れなかったら、終わりです。

仲間が何か手助けしても仕方ないし、たぶん何も変わらない。

でも、雪祈は破る

 

お前ならもっとやれる。こんなもんじゃないだろ。

 

音楽やっててよかったです

音楽やっててくれてよかったです

 

宮本大は、昔話が似合わないね

 

私、疑ったことないんだ。

宮本大が、世界一のサックスプレーヤーになるの。

疑ったことないから。

いつか世界一の宮本大を聴きに行くね

 

なんかこう、彼のカラがこうね……

パリパリとはがれていく音がきこえるような、新しい彼を見た気がしたなあ