白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

高橋留美子『めぞん一刻』

高橋留美子めぞん一刻』文庫版、全10巻(小学館

 

愛するひとを突然失った人間は、ふたたび誰かを愛せるようになるのか。 

結婚した直後に、結婚相手をなくしたらどういう状態になるか。直後の反応ではなくて、心の底に刻みつけられる刻印を想像したい。

めぞん一刻』は、響子さんの物語である。

 

「ひとつだけ、約束……守って……

一日でいいから、あたしより長生きして……

もう、ひとりじゃ、生きていけそうにないから」

 

物語のコアは響子さんの心にある。

出会って間もないころ、酔った五代くんは「私こと五代裕作は、響子さんが好きであります!! 響子さーん、好きじゃあああ」と大声で告白する。ちょっとした誤解はあるものの、響子さんは五代くんの好意を認識する。

けれど、衝撃の事実が明かされる。響子さん(22)は夫と死別していた。

ここで想像力を働かせる。結婚して幸せの絶頂期にある人が、突然、愛している人をなくしたらどういう状態になるか。直後の反応ではなくて、心の底に刻みつけられる刻印を、自分のこととして推しはかる。

たぶん、ひとりで生きようと思う。怖くて、誰も愛せなくなる。だって、つぎに好きになった人がまたいなくなってしまったら、もう耐えられないから。そのつらさを知ってしまった。

誰かに好意を示されても、反射的に拒絶するだろう。だって、他人の好意は自分を試してくる。ましてその人がいい人だとなおさらだ。「なぜ自分はこの人を好きになれないのか」「なぜ、いない夫と比べてしまうのか」「むげにはできない」「ほんとうに好かれているのか」「信頼していいのか」

「信頼して好きになって、裏切られたら立ち直れない」

だからこそ響子さんは、のらりくらりと五代&三鷹の好き好き攻撃をかわしていたのだ。まだ傷は癒えてないから。愛を完全に信じられないから。自分を信じられないから。

この種の愛の拒絶は、じつは、それだけ愛を求めていることの裏返しである

そういう人が選ぶのは、いつも隣にいて心を安らかにしてくれるひとだ。無条件に愛を示しつづけてくれて、隣にいるのが心地よい人。

だから、スペック上では完全優位な三鷹ではなくて(響子さんが三鷹を振るシーンはすばらしい)、五代くんが響子さんと結ばれたのだ。何年も一刻館で過ごした五代くんしかいない。

 

――付け足し

恋愛恋愛している漫画を、読めなくなってきた。今回読んだのは、文庫版の1,2,9,10巻だけである。物語のコアだけを読んだ。

「決定的なシーンを先送りにするな。ほら、あと少しなんだからさ!」と思ってしまうのだ。

決定的な瞬間を阻むのは、周りの人だったり、状況だったり、当事者の心だったりするのだけれど、そういうものを中心に設計された漫画を読むのは、もうダメなのだ。じらされるのはいいけれど、この先何巻もじらされ続けるのか、と気が遠くなるのは受け入れられなくなった。

「決定的な瞬間を回避しつづけるエピソード」を延々と描くことによって、最後、決定的な瞬間を描いたときの感動が増幅することはわかっている。わかっているのだが、途中のループに耐えられなくなってしまうのだ。昔なら「ああ、わかるよその気もち……素直になれないんだよねぇ。そういうもんだよねぇ」と自分を重ね合わせて、ずっと味わっていられた。でも今は、途中で「ああ、またこのループにはまったよ……」とげんなりしてしまう。焼き肉を食べに行ったのに、脂を食べられなくなっている自分に気づく。歳をとるって、こういう楽しみを捨て去ることなんだね。悲しい。

木造アパート『一刻館』の住人を中心に、四季折々、日々のできことを描いていく。主要な恋愛模様は、管理人の響子さん、頼りないけれど人好きのする五代くん、爽やかスポーツイケメン金持ち三鷹の三人。響子さんを、男二人がとり合う展開。ただし、どう1,2巻を読んでも、響子さんと五代くんがくっつくとわかる。

心に傷を負った人間が求めるのは、無理に自分を飾らなくてもいい相手なのだ。これは真理だ。

だからこそ、2巻を読んで9巻まですっ飛ばした。今の心の状態では、3-7巻を読むことはできない。

ループが苦手なひとは周りにもたくさんいるから、こういう読みでもいいんですよ、というのはラブコメのすそ野を広げると思う。3-7巻はすっとばしてもいい(個人の意見です。ほんとうにごめんなさい)。微妙な心の揺れを味わいたい人は全部読む。物語のコアを読み取りたい人は、1、2、9、10を読む。読みたいものが違うのだから、衝突せずに住み分けできるはずだ。