白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

映画『ゴースト』

映画『ゴースト』

 

無言の時間に、ありったけの愛を詰めこんだ映画。

 

物語構成は単純である。

同棲しはじめたカップルのうち、彼氏が強盗に殺されてゴーストになる。一時的に逃げた強盗は彼女も殺そうとする。死んだ彼はなんとか彼女を救おうとするけれど、ゴーストだから直接には現世に影響を及ぼせない。そのためネコの動物的な勘や、霊媒師や、憑依や、(反則だけど)指先で触れられるのを通して、彼女を救おうとする。彼が強盗を退けた瞬間、現世への未練がなくなって彼は天国に行く。

これだけならC級映画である。

しかし、この映画を見た人は、いくつかのシーンを忘れられない。ぼくらは、彼女の内面に感動させられる。

 

1 ろくろを回すデミ・ムーア(主演女優)を彼氏が後ろからハグするシーン。

彼氏の息が首元をくすぐる。彼の匂いが漂う。シャツしか着てないから体温がじわっーと伝わってくる。密着している箇所が汗ばむ。彼氏は手を重ねてくる。粘土を整形しているどろどろの手を包みこむように、そっと触る。ムーアは手先がぶれて、粘土がぐちゃぐちゃになる。ふたりはふふっと笑い、最初っからやりなおす。耳元での静かな笑いにドキッとする。彼も手を泥だらけにしながら粘土を上に伸ばしていく。ふたりの手は泥だらけに混じり合う。くすぐったいような、じとっと重たいような、手の絡み合い。首元には彼の吐息を感じる。密着している背中が熱くなってくる。もうやめて、というかのように身体をくねらせる。

2  彼がゴーストになったことを信じられないムーアが、喫茶店で霊媒師の女としゃべる場面。

「彼はここにいて、私にしゃべりかけてくるんです。愛してるって言ってます」と霊媒師が言うと、ムーアは「嘘。彼はそう言わない」と吐き捨て席を立って出口に向かう。ゴースト彼が急いで「ditto(同じく)と言って」と言い、霊媒師がそう伝えると、彼女は帰るのをやめて泣きそうに「なんであなたがそれを知ってるの」というような顔で席に戻ってくる。

3  ゴーストとなった彼の存在を信じられない彼女が、1セント硬貨で彼の存在を信じる場面。

ドアの下から差し込まれた硬貨を、彼は指先で持ち上げてムーアに渡す。ゴーストだから目には見えない(しかし指先だけは触れられる)。空中を漂う硬貨を受け取って、(ほんとうに彼がいるんだ!)と気づき、「お守りだ」という言葉で泣きだすムーア。

4  ゴースト彼が霊媒師の身体に憑依して、彼女と触れあう場面。

目の前にいるのは霊媒師だけれど、彼女は目を閉じて彼を感じつづける。目や耳や鼻なんて使わずとも、ただ触れるだけで相手が相手だとわかる。完全にふたりだけの世界。

5  そして最後。彼が天国にいくとき、一時的に彼の身体が見られるようになって声も聞こえる状態になった。彼が「愛してる」と言うと、彼女は「ditto」と返す。

 

この映画は、きわめて単純な物語構成を通じて、愛を描いたのだ。

もっとも愛を感じるときはいつだろうか。「愛してるよ」と言われたとき? 「そばにいるよ」と言われたとき? 何か優しい気配りをしてもらったとき? セックスをしたとき? 合っているけれど、合っていない。

好きな人の、その人らしさを全身で感じたときである。

私が知っている彼は、「愛している」じゃなくて「ditto」と言う。私の記憶のなかにある彼は、古い1セント硬貨を渡しながら「お守りだ」と言った。霊媒師の身体を借りていても、触れてくる手の動きは、彼そのもの。ぜんぶ、たったふたりだけの記憶である。彼と過ごした記憶が迫ってくる。

彼がそこにいる。

だから彼女は、ふたりだけの言葉で彼を見送った。「ditto」

涙がとまらない。