白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。妄想日記。妄想は妄想です。実在しません

クラシックとの出会い

むかし、クラシック音楽を教養だと感じていた。

正しい聴きかたがあると思っていた。正しい聴きかたを身につけてからでなくては、クラシックを聴く資格がない。ましてコンサートホールに行ってはいけない。クラシックへの入り口を開いていない門外漢が聴いても、ちゃんと楽しめないからだ。コンサートホールにはドレスコードもあって入りにくかった。お堅い西洋の雰囲気になんとなく近寄りがたさを感じていた。

けれど、教養だから関心はあった。だからオーケストラやっている人に、「最初に何読めばいい? 聴きかたがわからなくてさ」と訊いた。「そういうの読まないから、わかんない笑」と返ってきた。理論とか勉強するものじゃないの? おかしいなと思った。口には出さなかった。

その人に「無料だよ。聴きに来ない」と誘われて「無料なら」と返事をした。ひまな時間を過ごすにはちょうどいい。わざわざ連絡くれたし一回くらいは、という気楽な心もちだった。会場には学術サークルの人たちがいた。学問だけじゃなくて音楽の素養もあるのかと驚いた。「ぼく、はじめてなんですよ」と声をかける。「たまに来るよ」と何でもない顔をする。余裕があった。学問とクラシックとコーヒーは三つでひとつみたいな、欧州知識人層を思い浮かべた。ぼくとの間に距離を感じた。

 

席についてしばらくすると、客席の照明が徐々に絞られていった。壇上だけに暖かい光が残っている。コンサートマスターのバイオリンに寄り添うように、それぞれの楽器が音を奏でる。自然と音がやむ。指揮者が出てきて拍手を受けながらお辞儀をする。オーケストラをふり向いて両手をあげた瞬間、空間に緊張が張り詰める。静寂のなかにフルートが響く。

そこからの2時間はあっという間だった。音に圧倒されるってこういうことなのかと思った。ぐいっと引きこまれて、いつのまにか終わっていた。拍手をしつづけた。指揮者が何度も舞台袖を往復したり、オーケストラ各部を立たせたりしているあいだも、ずっと拍手した。人生でこんなに拍手したのは、はじめてだったかもしれない。拍手をやめたとき、手のひらがヒリヒリしていた。

「よくわかんなかったけど、ビリビリきた。すごかった」誘ってくれた人に感想を伝えた。

「よかった。来てくれてありがとうね」と、その人は言った。

ありがとうと言いたいのは、ぼくのほうだった。

 

クラシックのおもしろさや楽しさに気づいて積極的に聴くようになった。何も知らないのに、とても楽しい。いままで聴かなかったのは大失敗だった。

正しい聴きかたとか、聴く資格がないとか、西洋のお堅い雰囲気とか。そういうのぜんぶ、自分で勝手に作り上げた壁だった。クラシックがぼくを拒否していたんじゃなくて、ぼくがクラシックを拒否していた。新しいものに挑戦するのが怖かっただけなのだ。

「ただ、楽しめばいいんだよ」

クラシックは教養であるまえに音楽だった。ごちゃごちゃ言うんじゃなくて、ナマの音楽に触れたら一瞬でわかった。