白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

「あなたのことを、もっと知りたいよ」

あるひとに「自分のことを話さないよね」と言われた。

 

ぼくは静かに驚いて、目の前のひとを見つめた。反応できなかった。

そのひとはさみし気な表情をまとって、

「ふつうはね、」

と続けた。

 

「1日、どんな風に過ごしているのかとか、いま外にいるのか部屋にいるのかとか、話してるとなんかわかってくる、たいてい。

でも白くまはわかんない」

 

 

出会ってから2ヵ月、ぼくらはずっとラインをしていた。

遠距離だから文字のコミュニケーションが主になる。テレビ電話的なアプリがあると言っても、そうそう使えるものじゃない。

相手のことを知りたくても、自分から踏み込んでいくのは難しい。文字でニュアンスを伝えるにはコツがいるし、出会って間もない相手と、阿吽の呼吸みたいなものは望めないからだ。

だから、双方とも自分のことを話す必要があった。

相手のひとは、とても自然に自分のことをしゃべっていた。いま何をしているのか、何に悩んでいるのか、いままでどんな人生を歩んできたのか……さらけ出してくれた。

――わたしはこういうひとです。

もちろん、言葉に隠れて、こういうふうに問うていた。

――あなたはどういうひとなの?

その問いかけに気づいていながら、見て見ぬふりをした。

自分のことをしゃべってこなかったのだ。

 

 

息を吸って、観念したように話しだした。

――自分のことなんて、しゃべっても意味がないと思ってる

――だって、つまらないでしょ

――自分の話をするより、誰かの話をしたい。誰かの話を聞ききたい

 

目の前のひとは、先をうながすように、ぼくのことをただ見つめていた。

沈黙が流れた。耐えきれず目をそらした。

「わたしは」

ゆっくりと、そのひとは口にした。

「あなたのことを、もっと知りたいよ」

 

 

 

返答を考えるよりも先に、なぜか涙が出てきた。止めようと思っても、後から後からにじみ出てきた。自分の身体が自分のものじゃないような感覚だった。

目元を手でぬぐいながら、うつむいたまま話した。

「ありがとう。そうなんじゃないかな、と気づいていた。じゃないと、こんなに毎日しゃべらないよね。

でも、そう言ってもらわないと怖くて。自分のことを受けいれてもらってるのか不安で。変なことをしゃべった瞬間に縁が切れるんじゃないかと、臆病になってた。意味のないことをしゃべって、呆れられるのが怖い。

だから、自分のことをしゃべるのが苦手なんだ。嫌われるのが怖くて。

気づいてると思うけど、ラインで話しかけるのは、いつもあなただよね。ぼくは絶対に話しかけない。だって、反応してもらえるかわからなくて怖いから」

一気にしゃべった。ほとんど嗚咽のような声だった。ところどころでえずき、そのたびに話は立ち止まった。

そのひとは、聞きにくい話なのに、なんでもないことのように聞いてくれた。

 

話し終えたあとの沈黙が、心地よかった。

 

 

「あのさ、こんどから、話しかけてもいいかな。なんでもないことで、ラインしてもいいかな」

泣きはらした目を隠さずに、そのひとを見ながら話した。

「答えはわかってるんじゃない?」

「ごめん、また怖かったんだ……いいんだ、よね」

そのひとは、まったく仕方ないなぁという表情で、

「いいに決まってるじゃん」

と言った。「どんどんしゃべっていいんだよ。だって、わたしもそうしてるでしょ」

「きみのこともしゃべってくれないと、不安になるんだよ。自分だけが怖いと思ってるのかもしれないけど、わたしも、怖いんだよ。もっとしゃべってよ」

茫然としながら、言葉を聴いた。

ぼくだけじゃないのか……ずっとラインで話しているつもりだったけど、会話していなかったんだ。ぼくは自分とだけ会話していた。

自分はなんて子供だったのだろうと痛感した。自分のことしか考えていない大バカ者だった。

「じゃあさ、ちょっといいかな。実はね……」

ふっきれたように自分のことをしゃべった。なんでもない話を、なんでもないように。こわばっていた緊張がほぐれていった。

世界はこんなにも、やさしかった。