喫茶店
片方の男が深刻そうな顔で話しだす。
「好きな人がいないんだよね。いや付き合っている人がいないってわけじゃなくて、付き合っても、なんか『すき』という気もちになれないというか、こんなのが好きっていう感情なのかなと思ってしまう」
もう片方の男は、深刻そうに相づちを打った。どこか落ち着いた雰囲気がある。
「なるほどね」
「君は知ってると思うけど、大学時代から何人かと付き合ってきて、どれも短い期間で終わったのは、結局のところそういう理由。なんなんだろう。なんでみんなは恋愛してるのかな」
すこし悩ましげな表情を見せたあと、落ち着いているほうの男が言った。
「話は単純だと思うけどね。あんた、嫌いな人間っていないだろ」
「いや、それなりにいるけどさ」
「違うね。心底嫌いな人間はいないんだ。心底嫌いな人間がいないんだから、心底好きな人間もいない。それだけの話だよ。歪だけれど、それも普通の人間だ」
悩みを打ち明けた男は、こいつはまったく理解していないという顔をした。
落ち着いたふうの男は、こいつはまったく理解していないんだなという顔をした。