白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

ふんどし

とつぜんだが、ふんどしを締めたことはあるだろうか。

真っ白な長めの手ぬぐいを股の間に通して、腰のあたりでクルクルっと巻いて、ギュギュっと締めつけるだけ。あーら簡単、3分くらいで締められる。

 

中学時代の夏休み、学校の課外活動のことである。

毎年の恒例行事として、1年生は、ふんどしを締めて東京湾を泳ぐ。最終日には遠泳をする。3泊4日の水泳合宿だ。

照りつける太陽のした、砂浜にずらりとならぶ白いふんどし達。背景には、東京湾の深い黒緑色をした海。コントラストが壮観である。

壮観なわけがない。

当の本人たちは、おさまりの悪い局部に違和感があり、割れ目だけ隠されたおしりに羞恥心でいっぱいになる。

「慣れ親しんだ水着を着たい!」

偽らざる本音だ。

 

悪いことは重なる。

そもそも彼らはどこで着替えるのか。宿舎である。雑魚寝をする部屋で、ああでもないこうでもないと言いながら、友人たちの局部があちこちで揺れているのを見ながら、必死にふんどしを締める。なんとか形になる。たまに締め方が間違っているやつがいる。外から見て変だったり、緩かったりしてしまう。あいつ、間違ってるな……とは思うものの、時間がないから放っておく。急いで外に集合する。

宿舎から浜辺までは、歩く。2列縦隊をとって、前進あるのみ。

滑稽な格好だ。上半身は裸。おしりの大半が露出し、局部は隠せているのか不安なほどスース―している。道は普通の舗装された道。ふつうに民家が横にある。たまーに車が通る。「前から車だから注意!」「交差点だからとまって」怒鳴るような声が上から降ってくる。まさか、猥褻物陳列罪とかでしょっ引かれないよね。

なんの罰ゲームなのか。

道行く人の視線が突き刺さってくる。大学生らしき女性陣は、あきらかに笑っている。いやお姉さん、ぼくたち必死なんです。なんならぼくも、ふんどしを見て笑う側にいたかったです。なんでこんなことになっているんでしょう。ああこの中学を選んだばっかりに、小学6年生のぼくのバカ。

 

浜辺につくと、準備体操の前にふんどしチェックが行われる。

結び方は間違ってないか、結び目がしっかり結べているか、締め方は緩くないか。OBや先生方が、ひとりひとりのふんどしをチェックする。前列から順々に、先生は回ってくる。みな自分のふんどしは大丈夫か、触って確認して、身体をひねって確認する。自分の順番が回ってくるのを待つ。

恐怖である。

奴らは、すこしでも間違っているやつを見つけると、喜々としてこう命じる。

「ふんどしを外して、締めなおせ」

同級生は驚いた顔をする。

「えっ、この砂浜で? 観光客もいますよ? 冗談ですよね」

ニッコリしながら、奴らは言う。

「大丈夫大丈夫。誰も見てないから。はやくやって」

そうして僕らは、絶望しながら結び目をほどくのだ。

 

ちなみに自分で締めなおせないと、OBが代わりに締める。他人に締められると、局部がギュっと締めつけられる。抵抗はできない……痛さと無力さで泣きそうになる。

次の日から、みんな必死で締めるようになる。

これが教育なのだ。当然、ほとんどの人は来年からは来ない。

 

けれど、何を思ったか。中学時代のぼくは、ふんどしを締める感覚がとても好きになった。高校1年まで毎年この合宿に出ていた。

ふんどしでしか得られない解放感があるのだ。