白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。妄想日記。妄想は妄想です。実在しません

フランク・ウイン『フェルメールになれなかった男』

フランク・ウイン(小林頼子・池田みゆき訳)『フェルメールになれなかった男――20世紀最大の贋作事件』(ちくま文庫、2014年)

 

友人からのおすすめ。「芸術家に対して我々が抱く諸々のイメージそのままの繊細かつ傲慢な画家が、自分を置き去りに先に先にと進む時代を恨み、「かつてありえた名画」を生み出すことで復讐する物語なんやで」。140字の推薦文がすばらしい。

すばらしいノンフィクション。とても面白い。原題は”I was Vermeer”。

 

「芸術とは、剽窃か、革命か、そのいずれかだ」(ゴーギャン

 

優れたノンフィクションは、エンタメ的な側面をもつ。

20世紀前半、フェルメールの贋作を作り出して、巨万の富をえた男がいた。名前は、ハン・ファン・メーヘレン。オランダ出身。

本書は、ハンが警察につかまる場面で始まる。ナチスに対しフェルメール作品を売ったことで、国家反逆罪の容疑がかかったのだ。「どこでフェルメール作品を手に入れたのですか?」。警察の問いかけに、ハンは答えない。いや、答えられない。自分で描いたと言えば、画家ではないことを認めてしまう。じゃあ買ったというか。そもそも買ったものではない。

自分こそが描いたのだ。

 

劇的な導入をへて、ハンの人生を追っていく。なぜ絵を志す少年が、贋作をするようになったのか。贋作のための技術をどのように身に付けたのか。作り上げた贋作を、いかにして売りさばいたのか。

ハンは、完璧主義者であった。繊細であるがゆえに、乱れをゆるせない。つねに理想があり、その理想に追いつけない自分にいらだっていた。もっと悪いことに、彼の理想はひとつ前の時代にあった。彼が魂をこめて描いた絵は、同時代の批評家から酷評される。けっして理解されない。

 

「ハンは、批評家のジョージムーアが力説するような、芸術家がまずやっておかねばならない訓練、つまり『どんなにひどい絵を描こうが、他の人ほどひどくなければ、かまうことはない』と考える訓練をしそこなったのだ。ちょっと生まれるのが遅くて、シュルレアリスムと抽象主義の時代に写実を看板にするのだから、自分にはたったひとつの選択肢、贋作者になる道しかない、と彼は悟ったのだ」126頁

 

贋作を作るには、怠け者ではいけない。キャンバスや顔料、溶剤まで完璧に当時のものを再現する必要がある。そのうえで絵を描く。古い時代に描かれたかのように、絵の具に亀裂をいれなくてはならない。贋作と真作を見極めるテストにも、耐えうるようにしなければいけない。考えてみれば、ウン十億の絵画を生み出すのに、生半可な技術や努力でできるわけがないのだ。しかし、彼はやりきった。

かつて、自分を酷評した美術界に、贋作を送りつける。バレるのではないか。いままでの巧妙に積み上げた技術は、一瞬で見抜かれるのではないか。もう生きてはいけないのではないか。追い詰められた彼の心境とは裏腹に、あっけなく「フェルメール作品だ」と判断される。彼は手に入れた金で、酒と薬に溺れながら、次々と贋作を作り続ける。そのうちのひとつを、ナチス幹部に売りつけた。

そうして本書は、警察につかまってからの場面を描きだす。

警察につかまり、牢獄で衰弱した彼は「近年発見されたフェルメール作品は、私による贋作である」と告白する。

しかし、誰も信じない。

「真作だ」と判断してきた美術家や批評家は、容易に自分の失敗を認めない。「彼のたわごとだ」と言いつづける。

結局彼は、法廷の場で、フェルメールの手法で描きだす。全8作品のうち、6作品は贋作であると認められた。しかし、薬とアルコールにむしばまれていた彼は、全盛期の構想と技量を発揮できない。美術界は、残る2作品は真作だと考え続けた。それでも、最終的には贋作だと判断される。

 ※

 

この物語の骨格を抜き出すだけでは、魅力は完全に伝わらない。

この本は、「絵画とは何なのか」という問いを我々につきつけてくる。

批評家が「いい作品だ」と言うから、我々も「いいなぁ」と受け取る。

専門家が「誰々の作品だ」というから、「誰々はいい絵を描くなぁ」と見る。誰々の作品だから、莫大な値がつく。

はたして我々は、何を見ているのか。なまの絵を見ていないのではないか。

 

 

下のメモにあるような洞察が、ところどころで挟みこまれる。この洞察こそが、本書を味わい深いものとしている。

人間は絵をどのように見ているのか。絵の価値は誰が決めているのか。絵とは何なのか。人間とはどれだけ欲深い生き物なのか。

贋作と真作のはざまで、人間の欲望がうねる。

おもしろい。

 

メモ

「心で感じるがまま描くようにとおっしゃったので……」

「確かにそう言った。でも、それは知性によって制御されなければならないんだ、感情の赴くままではダメだ。君が自分の感情を支配するのだ」57頁

 

「あなたは罪な人だ。僕は画家だが、あなたのことだけはどうしてもうまく描けない」73頁

 

「批評家たちは、長い間温められてきた考えを具現する絵を発見するという考えに抗えなかったのだろう。贋作者は、批評家たちのそうした根深い願望の蓋を取り外し、それを実現しさえすればよかった」172頁

 

テレジア「人は、答えのない祈りより、答えのあった祈りの方にこそ多くの嘆きの涙を流す」

ジャン・バージャー「本物だ。だから美しい」