白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

伊坂幸太郎『砂漠』

伊坂幸太郎『砂漠』(新潮文庫、2010年)

 

「大学生活を変えた本。おすすめ」とのことだった。「伊坂さんのなかでは異色なんだけど」

 

本の感想を書くとき、巻末の解説を先に見る。誰かが書いているのと同じことを書いてもしょうがないからだ。ネットは見ない、めんどうだから。

その意味で、解説の吉田伸子さんと同じ感想を抱いてしまった。西嶋サイコー。無意味な大学生活サイコー。無意味の積み重ねで、人生を生きぬく根っこが育つんですよね。「人間にとって最大の贅沢は、人間関係における贅沢のことである」。間違いない。言いたいことは、これでぜんぶ。さすが吉田さんです。何も書くことがなくなってしまった。これでおしまい。

なんてことは、まるでない。

 

適度に力の抜けた文体がクセになる。

こうなったらおもしろいなという文章を書いておいて、「なんてことは、まるでない」とはしごを外す。とくに冒頭の「春」はそんな感じで、適当に緩く進む。「面倒くさいことや、つまらなそうなことの説明は省くつもりなので、結果的に、鳥井たちに関連した出来事が中心になるのも事実だ」(75頁)なんて言いながら。

盛り上げて、落とす。盛り上げて、落とす。リズムに乗せられて、心地よく感じる。

何かが起こりそうで、起こらない。青春ってそんなものだろう。

けれど。

起こらないと思っていると、起こるのだ。

心地よいリズムのなかに、いきなり事件が発生する。ヒリヒリした緊張感、どうするんだという切迫感、親友が傷つけられているのに何もできないもどかしさ・・・・・・。普段を緩く描いているからこそ、落差が激しい。心が動かされる。「夏」の章には、心をえぐられて、でも最後にはほっとさせられた。すこし泣いた。

うまいなぁと思う。

 

もうひとつ。

西嶋はすばらしい。ああいう人間には憧れる。「ですます」調でしゃべるのも好き。だからこそ吉田さんも言及している。ほとんどのネット感想も触れているんじゃないかな。それぞれの変化と成長、みたいな一般論に落としこんでいなければ。

みんなと一緒も癪なので、東堂さんの魅力について語ろうではないか。

整った顔に変化の乏しい表情。周りからのアプローチはバッサリ退け、しかし好きな相手には接点をもとうとする。西嶋に告白して振られてから(西嶋が振るのがかっこいい!)は、いろんな男とつき合う。しかし、どれも短期で最後は西嶋とつながる(結局、西嶋も人間だったのだ)。

冷たい表情と毅然とした態度で外には見せないけれど、内にはしっかりと人間味がある、芯のある人間。「このひとは世界をどうみているのだろう」と気になる。

尾頭課長補佐に似ている。庵野監督は『砂漠』を読んで、彼女の性格を造形したのかもしれない。

なんてことはまるでない、はずだ。