片足のないハト
片足のないハトがいた。
公園のハトたちは、クックと首を揺らしながら独特の歩きかたで地面に落ちたエサをさがす。エサを見つけたら、さっと地面をつついて食べる。そしてまた頭をあげてエサをさがす。
そうしたハトたちのなかに一羽だけ妙な動きをしているハトがいた。一歩歩くごとに羽でパタパタしている。よっこらしょと声が聞こえてきそうな感じで、びっこをひいている。おかしい。気になって、よーく見ているうちに、足が片方ないことに気づいた。欠けた右足を補うように、一歩踏みだすたびに羽を動かしてバランスを取っていた。
ほかのハトたちはスムースに動いているのに、このハトだけはいちいち動作が大きくて、なのにちょっとしか動けていない。このハトの周りには、すこし空間があった。周りのハトからすると、バタバタしているヤツはわずらわしいから、距離をあけているのだろう。地面をついばむときも、羽を支えにしながら身体全体を前傾にする感じだった。案山子みたいに片足でバランスがとれるわけがないのだ。片足が使えないのだったら、羽を支えにするしかない。
不憫だけれど強く生きてるなぁ。そのハトに感心しながら目で追っていると、子どもが「ワーッ」と声をあげて走り込んできた。走り込まれて驚いたハトたちはババッと一斉に飛び立つ。片足のないハトは飛び立たたずに、すこし羽ばたいて男の子から迷惑がかからない横に降りたった。着地に不自由さを感じなかった。片足生活が長いのか、バランスを取る術を心得ている。何事もなかったように、びっこをひきながらエサをさがしている。生きものの生命力はすばらしいなと思っていたら、男の子はぜんぶのハトを追いだすと決心したらしく、片足のハトに向かって「グワーッ」って両手をあげて走りだした。「やめてあげてよ。よく見て。片足がないんだ」と声をかける間もなく、片足のハトはとびたった。そのままどこかに飛んで行ってしまった。男の子は満足そうに去っていった。
つぎの日、公園に行くと、またハトたちがいた。目立つ動きをしているハトを探すと、片足のないハトは簡単に見つかった。群れのなかで元気に生活しているんだな、と安心した。
朝に行くと、ハトにエサをあげているおじさんがいた。スーパーのレジ奥にある透明のビニール袋に、食パンの耳がパンパンに詰まっている。ハトたちにとっては毎度のことらしく、おじさんが来ると周りに群がった。片足のないハトは、どうしているのだろう。おじさんの周りにはいなかった。おじさんの輪から、はじき出されていた。かわいそうだけど、しかたない。これが自然界である。おじさんの周りでは、もみくちゃにされる。バスケのゴール下は下半身の強い選手が制するのと同じである。
パンの耳が撒かれると、ハトたちは地面をついばむ。おじさんは、遠くまでパンを投げていた。片足のないハトもパンにありつけていた。よかったねぇと呟いているうちに、中心部のパンを食べつくしたハトたちが周辺部に進出して、片足のないハトがはじきだされた。おじさんは、片足がないからといって優遇しない。片足のないハトに気づいてないわけはない。あえてほかのハトと同じに接している。
小学1年生のときを思いだした。
学校の帰り道にある商店街の軒先に、ツバメが巣を作っていた。ある日、巣から落ちて地面に横たわっていたヒナがいた。弱弱しい啼き声をあげていた。下校途中のぼくは、いそいで給食袋(という箸なんかを入れる袋があった)を取りだして、そっとヒナを入れて家まで持って帰った。友だちのインコがうらやましかったから、ツバメを飼おうと思ったのだ。
家に帰って母親に「ヒナが落っこちてて、かわいそうだったから助けたの」と見せた。生きものに優しくするのは、いいことだと思っていた。ほめられるはずだ。だって、いいことをしたんだもの。「どうやって飼えばいいのかな」。そうやってヒナを掲げて、意気揚々と母親の顔を見たら、予想外に厳しい顔をしていた。
母親は、どう言えば子どもに伝わるのか、考えていたのだろう。すこし息を吸ってから、言い聞かせるように話だした。
「弱いものを助けようとするのはいいことだね。ツバメの子どもだから、助けなくちゃと思って家まで持って帰ってきたんだね。
すこし考えてみて。白くまが、ツバメのママだったら、どう思うかな。ある日突然、赤ちゃんがいなくなったら」
「かなしい?」
「そうだね、かなしいよね」
「でも、落っこちてたんだよ。近くに母ツバメはいなかった。猫とかいるし、食べられちゃうよ」
「うん。落ちたままだったら死んじゃうかもしれない。でもね、それが自然なの」
死ぬことが自然である、ということを受け入れたくなかったぼくは、結構食い下がった記憶がある。死ぬのを見過ごす……なんて残酷なんだろう。縁日ですくった金魚が死んですぐだったからかもしれない。水面に浮かんだ白い腹が、まったく動かなかったのが目に焼き付いていた。たった3日で、次々と死んでしまった。
――落ちたまま死ぬくらいなら、ぼくたちが飼うほうがいいんだ、こんどは死なせない!。母親にそう言った。
「お母さんだって、そのまま死ぬのは嫌だよ。でもね、自然のものに、人間が簡単に介入しちゃいけないの。一緒に巣に返そうよ。ツバメのママも悲しんでるよ」
ぼくは泣きながら、一緒にツバメの赤ちゃんを巣に返しに行った。母親が脚立をもって、ぼくは赤ちゃんをもっていた。母親が「重くなったね」と言いながら抱きあげてくれて、ぼくは赤ちゃんを巣に返した。ほかの赤ちゃんも顔をのぞかせていた。「じゃあね」と声をかけた。
片足のないハトも自然のなかで生きてるんだなぁ、としみじみした。片足がないというのは大きなハンデではあるけれど、それでもしっかり生きている。翼が折れていたら、空も飛べずに猫に食べられていたかもしれない。いたずら小僧にいじめられていたかもしれない。でも片足がないくらいの不便だったら、なんとか群れのなかで生きていける。
このハトは命をまっとうしている。うつくしい。