白くま生態観察記

上洛した白いくまもん。観察日記。勝手にコルクラボ

おまえさ、俺のこと嫌いだっただろ

「おまえさ、俺のこと嫌いだっただろ」

そう言ってウィスキーのグラスを傾ける目の前の男を、ぼくはただ見つめた。反射的にそんなことないと言おうとしたけれど、なぜか言葉にならなくて、その沈黙を彼が引き継いだ。
「俺がしゃべると、何か違うんだよなーって表情をしたり顔を横に振ったりしてた。バカだなコイツって思ってただろ。対面の席だったから、すぐわかるんだよ」
その行動は自覚していた。彼が自由奔放な意見を述べるたび、口をつぐみながら(違うな)(面白いけど的外れかな)と論評していたのである。「それは違う」と口にしたら場を委縮させてしまうと懸念して何も言わなかったけれど、完全には隠しきれていなかった。思考が漏れて行動に出ていた。ぜんぶバレバレだったのだ。
いまさら取り繕えることではない。悪行を捉えていた隠しカメラの映像を見せられたような気分だった。降参して「苦手だったよ」と告げた。ごめん。ぜんぶわかってたんだな。

「いや、謝ってもらおうと思ったわけじゃなくて。なんかさ、おまえ、変わったなって」
彼の言葉に意表を突かれる。
「昔のお前には言えなかったし、今だってホラ謝ってるじゃん。変わったよ。柔らかくなったというか」
ああ、わかる人にはわかるのか。というよりむしろ、ぜんぶ外側に漏れているのだ。どうしようもないほど滲み出ているのに、気づいていないのはぼくだけだった。
「……挫折したんだ。ひとりぼっちになって、泣きわめいて、けれどそれでもそばに誰かがいてくれたんだよね」
――愛を感じたんだよ
彼から目をそらして、グラスの氷をカランと鳴らした。
「ぼくはずっとバカだったんだ。自分のちっぽけさに気づこうともせず、周りだけを評価していて、頭でっかちだった。そういう自分が嫌になった」
そう思えると、世界は思っていたより暖かくて、人と人は予想以上につながりあっていた。そんなあたりまえのことさえ、わかろうとしてこなかったのだ。
彼は、ふうんと言ってウィスキーを飲んだ。「普通だね」
こんなことは、誰でもいつかは気づく普通のことだ。大学後半になってようやく気づくなんて、アホウにもほどがある。

ウィスキーを飲み終えると、ぼくと彼は、またねと言って別れた。