大学生
高校生のころ、近くに大学生がいた。彼は服装や髪形に気を遣っていた。背筋もピンとしていて、歩幅が広い。自信にあふれていた。かっこよかった。犬を連れている姿がさまになっていた。犬が立ち止まると、前かがみになって犬を見る。かっこいい。これが大学生かと思った。ぼくも大学生になったらこんなふうになれるのかな。
ぼくは男子高校に通っていた。周りは男だけなので気が楽だ。授業に出て、部活をして、バカ笑いして。かっこいい連中は、どこの高校のやつと付き合ってるとか、文化祭でナンパするとか、盛り上がっていた。教室の一角には、一皮むけたやつらが集まった。
とはいっても、そういうのは一握りだった。多数派はうらやましがりながらも、どこかふっきれず、男だけの毎日を楽しんでいた。性への関心はあった。彼女という存在への憧れがあった。けれど遠いものとして、見ないようにしていた。
「彼女できました?」
そんなに仲がよいわけでもなかったけれど、男子高校生のぼくは、大学生の彼女事情に関心があった。そういう話を聞くのは楽しい。犬の散歩の最中に、唐突に切り出す。
「いろいろ知っちゃうとね、つきあおうとは思わなくなるんだよ」
どんな顔をしていたのだろうか。さびしげだった気もするし、冗談のように笑っていた気もする。
「えー、このまえ、飲み会でキスしてた写真見せてくれたじゃないですか」
人間それぞれ、悪いところもある。そういうのは、別につきあえばあたりまえじゃないかと思った。遅いか早いかの違いだけで、結局は知るじゃないか。キスもしてるのに、なんでつきあわないんだろう。
「あれは酔った勢いだよ。その場のノリ」
酒を飲むと気分がハイになると聞いていた。まあそういうこともあるのかな、と思った。彼女はいらないんだなと思った。
――ぼく、京都の院に行くんです。
連絡をとって駅前の居酒屋で飲んだ。もう彼の犬は他界していて、ぼくの犬も高齢だった。人間の時間が流れるのは遅い。犬は速い。彼は、大事にしてあげてね、とおちょこを傾けた。
「むかし『いろいろ知っちゃうとね、つきあおうとは思わなくなるんだよ』って言ってたの覚えてますよ。なんかわかるようになりました」
ぼくは重い空気を裂くように、唐突に切り出した。彼は、すこし驚いた顔をする。それで納得したように言うのだ。
「あー、そういうのわかる歳になっちゃったかー。はじめに知っちゃうとなー、『つき合いたい!』っていう熱が、わいてこなくなるんだよなー」
酔うと語尾が伸びる人だった。
「なんでですかね。後から知るぶんにはいいんですけど、はじめに知っちゃうとダメですよね。誰かいい人いないかな、って思ってても、そうなるんですね」
自分の数少ない経験を思いだしながら話していた。ふと手元の焼き鳥を見ていることに気づく。こういう話をするとき、相手の目を見られないなと思う。
「でもさー、そういう負の面も知ってる相手って、重要じゃん?」
「なんでも話せるって感じですよね。大事にしたい」
結局、そういう関係の人がどれだけいるかが重要なのかもしれない。
「結構かわったよねー。高校生のときは、鬱屈した青春を過ごしてます! みたいな感じだったけどー」
アホみたいに笑いながら、こっちを見てくる。
「まあ人間も4、5年たてば、さすがに成長しますよ」
じゃ、と言って別れた。大学生になれたのかな、と息を吐いた。家に帰った。